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ペーパーラジオ




  何となくX'mas気分…。
Date: 2008-12-18 (Thu)
 13日(土)の吉木のヂュオ・ライヴのアンコールで、ゲストの高橋奈保子(vo)さんが ”X'mas Blues" を歌ったんだが、これが本当に好かったんだ。ホーリー・コールのナンバーらしい。クリスマスナンバーは陽気で明るい歌が多いが、私にとってクリスマスが楽しかったという印象は少ない。でも、若い頃はクリスマスというだけで心が弾む気がしていた。だが…、最近は何も弾まない。それは誕生日も同じだけどね。
 高橋奈保子さんの歌は本当に上手いと思う。それは自分の歌にしているからだろう。カウンターで酒を飲みながら聴くと、歌の酔いと酒の酔いで酔い痴れる心地好さが、堪らなく気持ち好いんだよ。ビッグバンドをバックで歌う事も多いらしいし、そんなステージの奈保子さんも素晴らしいのは理解できる。でも、吉木のウッドベースで歌う彼女は最高だと思う。機会が有れば是非聴いて欲しいヴォーカリスの一人だよね。また Mood'y Blue でも歌ってもらえると思う。だから、彼女の歌を聴き逃さないようにして下さいな。宜しくネ!

 二本のシャンパンを入手したんだ。フィリップ・グラヴィエ・シャンパーニュ・グラン・グリュ・ブリュット・レゼルヴ・ブラン・ド・ブラン・R.M と、ボネ・ジルマール・グラン・クリュ・グラン・レゼルヴ・ブラン・ド・ブラン・ブリュット・ミレジム1983年・R.M のシャンパンなんだ。結構レアな代物だと思うのだが、どんなものだろうか? 金額的にはドンペリロゼみたいに高くはない。でも、飲んでみないと解らないのが酒だから、楽しみであり怖い気もする。まぁ、シャンパニューとかは似合わない私だから、気負う必要はない訳なんだが、飲むなら美味しいに超したことはないだろう。X'mas=シャンパンなんて遊び心も楽しいかも知れない。「夢は見るのでなく掴むもの」なんて戯言も捨て、夢さえも見れない年齢のBossなら、遊ぶしかないよね。何となくX'mas気分って…、そんな感じでさ。
 さて、何時に店に出して飲むかが問題だよね。『深夜のシンデレラ達』という企画でも催しましょうかね。それも深夜の一時から集まるというのも面白いかも…。午前零時を過ぎた時刻のシンデレラやシンデレラ野郎が集まるんだ。これも悪くないだろう。Mood'y Blueという店と、Bossが提供するシャンパンを傾けて、後の正面は誰だ?なんて…、こんな遊びも悪くない。

 


  屋形船顛末記
Date: 2008-11-25 (Tue)
 屋形船に乗った。うん、こりゃ、堪らん。癖になりそうざんす。
 本当に好かったですね。舫が外され、エンジン音が高鳴り船が次第に大きく揺れ、神田川から隅田川へと出て、両国橋を潜り抜けていく。次は新大橋だろう。広重の名所江戸百景の夕立の浮世絵のレリーフが嵌め込まれているんだとかを思い出す。右手には明治座が見え、此処が昔の浜町河岸だよと思いつつ、船は清洲橋を抜け、左手には芭蕉庵があるんだとか想う。娘が小学生の頃に一緒に歩いた時の事が脳裏を過っていく。人形町から新大橋を渡り、芭蕉庵に行き、清澄庭園を散策して、深川江戸資料館と巡った夏休み。そんな娘も大人になり、今日が娘の誕生日。来年は娘と屋形船も好いなと思う。
 両サイドのビル群を眺めながら幾つもの橋を潜り抜けていく。ライトアップされた橋が美しい。船尾で用を足しながら夜風を楽しむ。寒いほどでないが空気は澄み快い感覚に包み込まれ、川面に映る夜景が歪んで揺れる。二股に分かれた川を豊洲に向かう。左手にららぽーとが見え、手の緑の看板となればハンズという訳で、『O田さーん!」皆で大騒ぎ。そして、奇麗な芝浦埠頭が右手に見える。お台場へと船は速やかに進む。大きなビルに東京タワーの輝く頭が現れ、何となくホッ!する。私はやはり東京タワーが好きだ。窓の直ぐ下が水面というのは本当に気持ちが好い。酒の酔いと船の揺れ具合が微妙にマッチする。酒が旨い。一升瓶を手酌でやるのは最高に御機嫌な気になる。本当に幸福だと思う。職業も違う多種多様の人間が意気投合して楽しめる仲間達に感謝する。本当に有り難う。…なんて想いながら、停船したお台場の夜景に乾杯!
 ゆりかもめは東京の都鳥。うん、みやこどりだよね。天婦羅の海老の尻尾を放ると、ゆりかもめが空中で見事にキャッチする。えっ、お前等は鳥目じゃないんだと感心する。否、食い意地が強いだけかもな想うと、俺も似たり寄ったりかと苦笑い。船の周囲はゆりかもめで大賑わい。屋形船のひょっとこ連中も大賑わい。残っていた大皿の天婦羅が消えた。
 帰り舟は浜離宮から築地の魚河岸を翳めて、隅田川を上る。八丁堀から茅場町と過ぎていく。箱崎の高速道路が交差する黒い影。船遊びも終えるという訳か、自然に誰もが静かになる。このしんみりした感じもMood'y Blueらしい。船が着岸する、さぁ、次の場所でワイワイと飲むとしましょうか。船の揺れが残る乱れ足が心地好い。秋葉、池袋と巡り、深夜もまだまだ宵の口。わたしゃ朝までみやこどりと、自由気侭に千鳥足ときたもんだ。はい、千鳥もかもめの一種だから、こんなBossも許して下さいな。
 
 
 

  嗚呼、叱られた。
Date: 2008-11-22 (Sat)
 書き込みがないと、叱られた。そりゃ、そうだわな、半年も書き込んでいないんだもの。仕方ないから、当て所なく書いてみるとしよう。

 明後日じゃなくて、もう明日ですね。お店の常連さんと屋形船に乗るのであります。そして、これが初体験なんだ。だから船酔いが少し心配ですかね。船に酔い、酒に酔い、天婦羅油に酔う。酔いの三連ちゃん。こりゃ堪らんことになりそうです。酒も弱くなってきたから、少し寂しいかな。屋形船の顛末は次回に書くとしよう。

 本当に女性客が少ないバーだよね。Mood'y Blueは…。私が少ない女性客を来なくするという噂も有るとか、…無いとか。まぁ、キャラというか灰汁が強いから嫌われても仕方ない。サングラスを掛けていれば、歩いても女性は避けるし、電車も私の横には女性は腰掛けない。うん、そんな自分も嫌いじゃないから不満はないけど、少し寂しいかな。でも、バーが似合う女性は多くないし、やはりバーは男の世界の感じがする。でも、素敵な女性はバーの華です。店がパッ!と華やぐから面白い。

 自分の飲む酒は店に用意してある。グレンモーレンジのネクター・ドールを飲み終え、現在はバルヴェニー15年を飲んでいる。だが体調がイマイチで味覚が鈍いみたいなんだ。美味いと思うのは草臭くて甘いアブサンぐらいなもの。繊細な味わいが楽しめないのが少し寂しいかな。次に狙っている自分専用の酒は決めたが内緒です。でも、ローランドモルトだとだけ教えておきます。

 最近、パイプを燻らし始めたんだ。うん、やはり美味しいと思う。それにやっとパイプが似合うと思えるように感じた。太いジガーも同じ、似合わないとみっともないんだ。それにパイプはシングルモルトでもいけるものがあるのが嬉しい。でも、パイプを銜えている男性はいないよね。昔はパイプが似合う初老の男性がいっぱいいたんだが…、少し寂しいかな。

 先日、鎌倉に行ったんだ。何時もは座れる老舗の珈琲店が満員御礼状態で座れなかったんだ。分厚いホットケーキがTVで紹介されたから、それで客が増えたんだろうね。美味しいかどうかは判らない…、私は一度も食べてないからね。雨の鎌倉、これも悪くない。夕闇の妙本寺の猫は濡れずに夜を過ごせるだろうか? 少し寂しいかな。

 昼間にハープのタナカさんが店に来た。ライヴの時も気のパワーを入れたが、再び首が痛くて回らないというので気を入れた。首は回るようになったが自分でも気のパワーを作らないと駄目という事で、パワーの作り方を伝授した。昼下がりの陽射しが格子戸から溢れる店内の雰囲気は最高なんだ。タナカさんもそんな店が気に入ったらしく、日曜日の昼下がりのライヴもしてみたいと言う。だらだらと夕方まで気怠いライヴも面白いかも知れないね。勿論、夜は何時もの酒飲みタイム。これは少しも寂しくないだろう。







 

  古酒の赤ワイン!
Date: 2008-05-15 (Thu)
 来月はMood'y Blue恒例の飲み会が有る。傲慢で呑気な私と、天の邪鬼で能天気なオーナーの山本と、5人の偏屈で愉快な因業侍がテーマのお酒と肴を持ち寄り集う飲み会なんだが、此れがもう半端じゃないんだ。なんと得体の知れない銘酒が7本+2本ぐらいが揃っちゃうのです。一癖が七つも揃うのだから、もうコリャ大変、止められません。次回はイタリアの赤ワインと決まっているんだ。はい、イタリアという土地縛りのテーマです。
 でも、私にはあの赤ワインはあの渋みがもう堪らないのです。もう死んでも好いというぐらいに…。あのエグさが死ぬほどに堪らなく嫌いないなのだ。ワイン通に言わせれば最高の醍醐味なのだろうが、その部分が私には「嫌だ!」となるのだから、平行線の儘で交わることはないに違いない。でも。傲慢で呑気な私は相手の平行棒に飛び移るのも悪くはないと思っている。まぁ、赤ワインが嫌いでも美味いか不味いかは判るし、逃げるのは赤ワインを飲むよりも嫌いなんだ。逃げるぐらいならエグい赤ワインを飲む方が楽なんだ。

 私はアルカリ性だからといって、健康の為にはワインは飲まない。酔う為にも飲まない。美味しいと思うから酒を飲むのだと思う。でも、飲み会の赤ワインは手に要れないと話にならない。…という訳で赤ワインをネットでゲットした。本当は試飲をして購入するのがベストなのだが、現状の私には其れが許されない事も有り、ネットでセレクトして買うしかないんだ。そして、オーダーした赤ワインが配達されてきた。

 1979年の赤ワインの古酒で、29年もの歳月が経っているんだが、銘柄は此処では敢えて表記はしない。でも、購入する値段設定が設けられているので、古酒だとしても?万円もするワインの筈がない。だから、ハッキリ言ってどんなものなのか見当が付かない。自分の勘だけで決めたんだ。…てな訳で当日に打っ付け本番で飲み会に臨むしかない。此れまでもそうして来たから、此れで好いと想うしかない。
 ブログ等で此の古酒ワインを調べればとも想うのだが、私は他人のブログは見ない主義なんだよ。見ず知らずの他人の意見は関係ないと思っている。まぁ、相手の性格や好みを理解していれば参考にしても良いのだが、変な先入観は持ちたくない。其れに購入してから調べても後の祭りだろうし、同じ祭りなら後でなく本祭りを楽しくなる事に期待をしたいね。

 5人の因業侍を相手に討ち死にをする覚悟でないと、此の飲み会には参加できないかもという緊張感がプンプン臭うんだ。でも、勘違いはしないで欲しい。そんな感覚を皆で楽しんでいるのだから。7人7様で本当に面白い酒が揃うんだ。今までに酒がかち合った事が一度もないと来ている。そう、相手をぎゃふんと驚かせたいという裏心が垣間見えたりもするんだよ。だから、単なる有名な銘酒は誰も持って来ないね。日本酒の時も誰も新潟の酒は持って来なかった。美味しいのは分かっているけど持って来ない。それに持ってくる酒でその人の性格を如実に表すと思う。私は私らしい酒をチョイスするものね。飲んでボスらしいと想う筈だよ。其れに酒に合う肴も用意するんだ。此れがまたまた7人7様で凝っているから堪らない。旨い酒に美味い肴が有れば、人間は幸福になれるんだ。

 現在は7人で飲み会をしているが、参加したい時は参加試験で合格点を取るか、私とオーナーの承諾が必要になるかも知れない。…何てね。まぁ、参加者が多いと飲む酒の量が半端じゃなくなるのが恐ろしい。はい、落語の『饅頭が恐い』と同じかな。でも、酩酊状態に陥る危険性はあるんだ。でも、もう少し参加者を増やしても好いかなとは想う。美味しい酒と肴を皆で楽しんだり、本物を知る事は良い事だからね。

  能の世界に誘われて…。
Date: 2008-05-15 (Thu)
 老眼鏡を掛け、本を読むのも疲れるもんだ。以前から比べれば読む事が多くはなったけれど、なかなか慣れないものですね。周囲でも老眼ぽくなっている人は多いしね、私よりも若くてそんな兆候が出てきているみたい。私も五十代になって老眼になったんだが、精神的な影響は強かったかな。まぁ、遠目は効くから良いけどね。パソコンのモニターを見続けるのも辛いかな。ずっと見ていると涙が出てくるんだ。そして、疲れる。こうして文章を書きながらキーを叩くのも辛いので、困ったもんだよ。

 最近は小説は程んと読まない。エッセーや随筆が多いかな。其れも古典的な分野のものが多い。白州正子さんの本が多いかな。彼女は男性よりも切り口が鋭いから、読んでいて快く感じる。少し前は俳人の山頭火を読んでいた。山頭火にも憧れるよな。でも、無理ですね。現在は《林望が能を読む》という随筆を読んでいるんだ。此れが本当に面白いんだよ。解説書的な書き方をしていないから、実に解り易いときている。と、同時に古典文学や和歌や俳句を引用して能を語るから、本当に勉強になるんだ。形式の奥の心を教えてくれている気がする。古典芸は形式美だけで成り立っているんじゃないんだ。演じる役者(人間)の真剣勝負で成り立っているんだとね。簡単な打ち合わせだけで、立ち稽古もしない。打っ付け本番で真剣勝負で舞台に立つのは身の毛も弥立つ感じだよね。
 人間は心で動くだよ。心が伝承を作り出している。だから、形式という形の奥に秘められた心を理解しないと駄目なんだと思うよ。形式だけを勉強しても心を感じないと能を理解したとは言えない。現在の社会は形式だけが独り歩きをしている。私は伝統と伝承は違うと想う。伝統は形だけど伝承は心なんだよ。形を重んじるのではなく心を重んじる事が肝心なんだ。そして、其の心を形式にするんだ。伝統は伝承で成り立っているだよ。形式を心にするのではなく、心を形式にするんだ。伝統が有るから素晴らしいのではなく、伝承が伝統を素晴らしくしているんだ。
 名人といわれる領域に歩を進めた方々は、余計な形を捨て始めるらしい。其の意味をどう感じるかは、人間性が求められる気がするな。『身を捨ててこそ、浮かぶ瀬も有り』でしょうか。似てはいますが私は違うと思いますよ。捨てるのは身じゃない、我という心なんです。素直にならないと我は捨てられないんだ。技術や形式を覚える時は素直にならないと覚えられないものです。伝統(形式)や伝承(精神)を重んじる分野の仕事は、心を素直にしないと駄目なんです。流石に名人は素直に捨てていく。
 「黙って聞きなさい!」とか、「言う通りに遣れば良いんだ」とか、言われるのは当たり前の世界。時には「俺の芸(形式)を見て盗め!」なんて言われる。伝統の世界は特に見て盗めというのが大切なんです。古典という永い歳月で培われてきた世界観は伝統という完璧を求める。だからこそ盗むという意味が重いのです。見て何を盗むのか? 貴方は何を盗みますか? 私は《心》を盗みます。でも、《心》と気が付いたのはずっと後でした。若い頃は自分の意思では難しい。だから、言われた事を素直に受け入れるしかない。
 私も『黙って聞け!」とか、『言う通りに遣れ!」とか、当然に言われたし、『お前の個性も性格も経験も認めないよ!』と、簡単に言われた。個性的で自由だと思われる広告の世界も縦社会だから、上司や先輩の声は神の声なんです。当然の如く、新入りの私には何の文句も言えない。必然と自分の意思や意識を殺すしかなかった。ただ黙々と言われた通りに遣り続けるしかない。残業も深夜まで酒を飲まされるのも半端じゃないし、日曜祭日も休みも有ったものじゃない。酒を飲んだ後に会社に戻り残業をするのは当たり前の世界。そして、一年が過ぎて、「此の仕事はお前に任せるよ。自分の個性を出してみな」と、言われた。やっと一人前のデザイナーになれたのかなと感じた一瞬だった。広告代理店はまず頑丈で体力がないと始まらないんだ。だから、叩き上げられる事になる。どんなにセンスが良くても体力がないと務まらないからね。其の為にも根性を見られると同時に、広告マンとしての心も伝承されるんだよ。…後で理解したのだが、最初の一年で我を捨てる事を教えられたんだと知った気がする。新たなハードルを乗り越える時には、どうしても自我との葛藤が起こるんだよ。其の時に最初の一年が脳裏を過るんだ。そして、頑張る。
 心を伝承してこそ古典芸の世界。「俺の芸(技術)を見て盗め!」は当然だと思う。最初から《心》を盗めない人間は伝承が出来ないよね。そして、素直さと根性と体力が必要なんだろう。身を捨てるのは簡単じゃないんだ。心が決まらないと身も捨てられない。其れには素直にならないとね。最近、流されるのも良いと思えるようになってきた。馬鹿が流されたら最低だけど、私は流されても良いかも知れないと想えたりしてね。うん、きっとそうだ! でも、「嗚呼、河童の川流れ。浮かぶ瀬もなし」なんて、そんな真似はしたくはないものだが…。流されるのにも勇気が必要だよな。

 林望氏の能を観る眼が多岐にわたっているから、色々な視線での語り口が実に的を獲ている。其れと同時に表現力が豊かで感性の良さが随所で匂う、能の幽玄な怪しさが堪らなく気持ちいいんだよね。あの世とこの世の狭間に浮かび上がる橋、此れが能の舞台なんだ。現実も本当はあの世とこの世が微妙に交錯しているしね。私は少し霊的な感性を持ち得ているから、「なるほどね!」と変に理解できたりして納得ができる。今度は能を実際に観ないとね。まだ一度も観てないんだ。

では、自分自身で幽玄の狭間の浮き橋を渉るとしましょうか。

  無題です。
Date: 2008-05-01 (Thu)
 昨日は本当に暑かったね。Tシャツだけでも暑く感じた。でも、暑いのは若い頃も同じだったかなと思うけどね。ゴールデンウィークに日焼けをするようにしていた。うん、紫外線が強いから奇麗に焼けるんだ。夏前には真っ黒になっていたよ。毎年のように真っ黒になっていた。本当は色白だからトランクスというか下着の下は真っ白でさ、そのコントラストは冬でも消えない。だから、一年中のように白黒がはっきりしていた。私の性格と同じかな、白黒をはっきりさせないと許せないみたいな感じですかね。でも、色白なんだけど焼けたら直ぐに黒くなるタイプんだ。そして、黒くなったら消えない。色白だと真っ赤になるだけで黒くならない人もいるが、私は直ぐに黒くなるし、なったら消えない。此れも性格かもね。でも、最近は焼いたりはしていない。理由は背中とかに急に黒子(ほくろ)が増え出したからだよ。皮膚癌は嫌だものね。でも、禁煙はしません。はい、肺癌なんて糞喰らえです。でも、煙草を吸えない場所では吸いませんよ。新幹線も禁煙席にしているしね。公共性が強い場所で吸うのは喫煙所です。でも、健康や寿命の為じゃない。禁煙を要求する人達の権利を認めるからです。時には我慢も必要だからです。だって禁煙しても死ぬ時は死にます。事故に遭う可能性だって有るしね。だったら死ぬ時まで自分らしく生きてきたという実感が欲しいと願う。私にとって煙草は精神安定剤ですし、一本の煙草で精神的な安定が得られるなら、私は煙草を止めない。其れも自分らしいからね。でも、皮膚癌は嫌ですね。はい、えぇ格好をしたいから、見た目は誰よりも意識します。皮膚癌でボロボロになりたくない。でも、なったらなったで関係ないけどね。其れは其れで受け入れますよ。死に様なんて言葉はないし、生き様が自分らしくしたいだけ。死ぬ事より生きる事の方が肝心なんです。死は始まりです。死んで終わりじゃない。でも、生き方は来世に影響する。どう生きたかが問題なんです。過去よりは今日です。今日の生き方が明日に繋がる。私は輪廻転生を信じている。

《ラッキーストライク》を買うと、一本だけメッセージをプリントした白い煙草が入っているんだ。煙草が売れていない自動販売機だと、煙草が古いから入っていない。入っていないと損した気がする。別に集めたから何かが貰えたり得する訳じゃない。最初に白い煙草が出てきた時は驚いたよ。此れってミスじゃないかってね。其の時の煙草のメッセージは《アラームクロック》だった。「何だよ! アラームクロック」って、アメリカでこんな銘柄の煙草が有るのかとか考えたりした。でも、違うって知った。メッセージを入れた煙草が入っていると解ったんだ。早く目覚めなさいとでも言うのかな。新しい自分に目覚めるのも悪くはない。そんな事を思ったりしていた時期だったしね。タイミングが良いし、本気で生まれ変わろうと思っているよ。でも、禁煙はしないし、タスポとかの成人識別カードも作らない。うん、煙管とパイプにするつもり。葉巻はやらない。まぁ、プレゼントされたり貰えば燻らすけどね。でも、パイプの方が面白い。香りも味もパイプ煙草の方が私は好いと思うしね。パイプ煙草はウイスキーと似ている。ラム酒に浸けて熟成させた葉っぱや、自分の好みで葉っぱをブレンドしたりできる。葉っぱは乾燥を嫌うからウイスキーやブランデーで湿らせたりもするんだ。自己主張というか自分の個性と独創性を出せるのがベストですね。だけど煙管は難しいよ。でも、面白いからやり続けます。だって着物には煙管が似合う。 今年の夏は着物を着たいから、着るのが癖になるまで頑張ろう。人間は癖になり易い生き物なんだ。だったら良い癖を身に付ければ良いんだ。

  植草甚一とか…。
Date: 2008-04-21 (Mon)
 日曜日の朝日新聞の文化面に、植草甚一の記事が載っていた。mood,y blueの店のカウンターにも植草甚一の本が数冊並んでいる。晶文社の創立35周年記念の復刊本として、植草甚一の数々の本が本屋に置いてあるのだが、古本屋の古本としては最近は程んと見掛けないね。十年ほど前は何冊かが並んでいたけれど、初版本だと高価な値札が貼付けてあった。初版本なんてもう死語に近いし、bookoffに行けば百円の棚に昔の初版本がズラっと並んでいるしね。「此れ初版本だぜ、高くなるかな」何ていうそんな時代は終わったんだと感じる。
 昔は植草甚一の値打ち本(初版本)は数冊は持っていた筈なのに、何処を探しても出てこないんだ。…という訳で、店のカウンターの本も復刊の植草の本ばかりだよ。でも、懐かしいから買った次第です。時折だけど手にして読んでいるお客様がいたりして、嬉しい限りですね。
 70年代の初頭に植草甚一をよく新宿の街で見掛けた。ふっくらとしてイタリー製の陶器の人形のように背が低く、独特の顎髭と口髭が白いと、ハットという帽子をチョコンと被り、革の大きな手提げ鞄を肩から袈裟懸けに掛け、手には本や雑誌が沢山に入っていそうな大きな紙袋を提げていた。そして、ヨロヨロとゆっくり下向き加減で歩いていると、時に何かをボソボソと呟いていた。夜だったが更けるほど遅くはない時刻。が、何時も酔っていた様な歩き方をしていた気がする。私がまだ20代の始めの頃だったろうか。
 早川のポケットサイズの本格派の探偵小説を読みながら、昼間からジャズ喫茶でバドにマッコイにドルフィーにキャノンボールを聴き、氷の解けたアイスコーヒーから気の抜けたビールに換わる時刻に、待ち合わせの彼女や仲間と夜の新宿を徘徊する。そんな時間に植草甚一と出会う事が多かった。時計の針は8時ぐらいだった気がするがはっきりとは覚えていない。私が写真専門学生の三回生の頃だった。長髪でサファリジャケットを着て、手にはマミヤの二眼レフを持ち、学生運動も終焉を迎えた頃の新宿をヒッピー気取りで闊歩していた。でも、私は銀座の方が好きだった。高校生の頃からvanのスーツ姿で銀座に入り浸っていた。アルバイトは禁止だったが私は銀座の服飾のメーカーでバイトをしていた。だから、スーツもジャケットも買えた。専門学校の頃も同じバイトをしていた。学校だけの日はヒッピー紛いの格好でアーチストを気取っていたが、バイトの時はkentのトラッドスーツで大人を気取っていた。でも、長髪だったんだ。アイビーの定番の七三分けの髪型はしていない。長髪は高校の頃からだから大変だったよ。そうです校則破りの長髪をした最初の世代です。何でも反発をしていた。教師にも大人にも社会にも反発していた。自由が欲しいと喚いていた。『イチゴ白書をもう一度』とか、欧米の反戦的な映画の影響は受けたと思う。不自由だからこそ熱く燃えた時期だと、挑戦をする事が面白かった。でも、バイト先で大人に色々と教わりもしたし叱られ怒られもした。働く事の辛さと責任も覚えた。そんな青春時代を過ごせて好かったと思う。あの時代がなければ現在の自分もないんだよね。
 広告代理店に入社したあの頃の会社の先輩や上司の多くは強(こわ)かった。でも、優しかった。自由=責任、権利=義務を肝に叩き込まれた。自分の性格も個性も認めてくれない。「黙って遣れ!」と言われ続けた。「死ね、馬鹿もの!」「もう辞めちゃえ!」「便器に顔を突っ込んで洗ってこい!」なんて、当然に言われる。現在じゃあり得ないよね。一年が経って「お前に任せる!」と言われた仕事。其の瞬間は今でも覚えている。

 早川のポケットサイズの本も本屋で見掛けないな。文庫本とは違うよ。本格派の探偵小説本格派の探偵小説といって解るだろうか? 早い話がハードボイルドの探偵小説なんだ。店のテーブル席の壁際のカウンターにズラっと並んでいる本がそうだよ。私が若い頃に読んでいた代物だよ。興味が有れば手に取って読んでみて下さい。貸し出しはしないから、読み続けたいなら店にせっせと通って下さいな。
 私は引っ越し魔で、此れまでに二十数回は引っ越しをしているんだ。ズージャのLPも千数百枚は持っていたが、現在は二十数枚しか残っていない。面白いもので名盤というのは程んと残っていないときている。自分の好みのLPが残っている訳だが、そんなものだろう。名盤が好みとは限らない。本も程んと単行本で文庫は読まないから、引っ越しが大変なんだ。本の詰まった段ボール箱は本当に重いんだよ。引越屋に嫌な顔をされる。図書館が好きじゃないと、読みたい本は全て手に要れたい主義なんだ。其れも変テコな本が多い、変テコというのは一般的な本は少ないという事で、美術や芸術の本や資料として必要な本が多いんだよ。だから二度と手に入らない様な本が多いと、売ったり捨てたりが出来ないという訳です。でも、植草甚一の本は消えているときているから、どんなものでしょう。「お母さん、あの時の植草甚一の帽子でなく、あの本は何処にいったんでしょうね』なんてね。本はどんどん増え続けている。

 其れにしても晶文社の創立35周年記念の復刊として、植草甚一が選ばれたのだろうか? 雑文の名手で文章が面白いからだろうか? 現在は情報過多だから必要な情報から糞の役にも立たない情報まで溢れ返っている。其れも世界中の情報が手に入れられるんだ。でも、私が二十歳の頃はそうじゃなかった。洋画のロードショーは一年遅れが当たり前で、下手すれば二年遅れか、日本に来ないという有様だったんだ。音楽はまだ早かった気がする。そんな欲しい情報が植草甚一の本で得られるのだから、私達には最高のバイブルだったんだよ。私にはメンクラもお洒落のバイブルだったけどね。
 雑誌にLeeのサテンのホワイトジーンズが載っていて、欲しいと思いアメ横を探し回るが見当たらない。店の親父に春に予約をして冬に手に要れるなんて当たり前の事だった。ネットで簡単に手に要れるなんて事の出来ない時代さ。欲しい情報も商品も動かないと手に要れられない。でも、そんな時代が懐かしい。急いでも8ビートで、普通で4ビートが心地よくて好いと思う。カーチェイスも『ブリット』の自動車の追い掛けっこの方が普通の臨場感を感じるし、『真夜中のカウボーイ』の少し気怠い感じの方が嬉しい。『MOOD'Y BLUE』って、何て素敵な響きだろうか。そんな気怠さが大好きです。

 植草甚一の新聞記事で、昔の事を思い出せた。『青春の光と影』という事だよね。

  今月はLiveがないけれど…。
Date: 2008-04-20 (Sun)
 今月は都合でliveはないんだ。Yoshikiとタナカさんはほぼ毎月のようにliveをしているから、楽しみにしているお客様もいると思うけれど、本当に申し訳有りません。次回のliveを愉しみにしていて下さい。

 ハーピニストのタナカさんのliveが好きな人は多いよね。特に女性は好きになる傾向が強いかな。タナカさんは結構にマイペースでさ、熱く語るのが好きなんだよ。酒も好きだけどね。タナカさんがliveで話すのは身体の具合が悪いとかいうのが常だから、「またかよ!」と言う感じで、ギターの昇ちゃんが突っ込みを入れる。昇ちゃんは関西人だから其れは其れで悪くはないのだが、タナカさんが惚けない。突っ込まれても淡々と身体の具合の悪さを話し続けるんだ。まるで自慢話のようにね。私も『はい、はい』という感じで笑いながら聞き流しちゃっています。音楽は聞き流さないよ。でも、気持ち好くて眠りそうな時は有るかな。好きなjazzを聴いても眠くなるよ。だから眠れない時は好きなjazzを掛けるんだ。

 liveの前に私はタナカさんに気を入れる事が多いんだ。常連さんの多くは私が少しスピリチュアル的な要素が強いのは知っていると思う。だから気功的なパワーも少し持ち合わせているらしい。そんな訳で身体の具合の悪いタナカさんにパワーを注入させて貰っている。実は娘も私と同じ体質なのか気功師で、タナカさんは幾度か施術を受けているんだ。だからパワーは入り易いよ。其れに何回もパワーを入れていると相性もどんどん良くなっていくから、短時間でも充電は完了するみたい。面白いもので相性で気が入るか入らないかが判るんだ。誰にでも簡単に入るとは限らない。相手にもスピリチュアル的な要素が強ければ百発百中の確率で入ってしまうけどね。気功師も施術の時に相手のマイナスパワーの影響を受けたりするんだ。私もとんでもない強いマイナスパワーを受けるよ。そんな時は私と娘でパワーの補充をし合うんだ。気のパワーが音を発てるように感じるよ。でも、二人がマイナスの影響を受けていたら大変だけどね。あぁ、岩盤浴は気を付けて下さいね。岩盤に利用した人の悪いパワーが染込んでいる事が有るからね。自分がマイナスパワーなら気が付かないから良いと思うが…、私は大変な事になるかもね。

 タナカさんには私のパワーを利用して自分のパワーをアップさせる術は教えてあるんだ。私がパワーを入れても自分で其のパワーを利用してアップさせないと意味がない。其れはパワーストーンも同じだよ。ただ付けてれば良いという問題じゃないからね。ストーンのパワーを貰いながら自分のパワーを上げ、自分のパワーをストーンに戻すんだ。そして、ストーンのパワーを高めて自分の身体に戻すんだ。そんな循環作用をさせないと意味がないんだよ。ストーンの結晶も大地のパワーは秘めてはいるがパワーを入れないと振動しないんだ。クオーツ時計も電池とかのエネルギーで振動して時を刻むんだよ。クオーツも水晶だから、パワーストーンもパワーを入れないと働かないんだよ。どうせ入れるならプラスのエネルギーが良いに決まっているよね。マイナス思考の人がパワーストーンをしてもあまり意味がない事が多いんだ。私がストーンにプラスのパワーを入れても、ストーンに頼ったりするだけの依存型の人は、「ストーンのパワーが失くなったみたいだから、もう一度入れて下さい」と、簡単に言うんだよ。でも、私は拒むようにしている。「自分でプラスになってパワーを石に入れなさい!」ってね。プラス思考の人はパワーストーンなんて要らない。自分で前向きに行動して結果を求めるからね。でも、石の結晶が振動してパワーを増幅させるなら、其れを利用しない手はない。…てな訳で、私はパワーストーンを身に付けていますよ。
 結晶って面白いよね。美味しい水を氷らせた結晶は、六型形の雪の結晶のような奇麗で美しい形なんだ。水道の水は奇麗な結晶の形にはならない。でも、モーツアルトとかの美しい音楽を聴かせて氷らせると、六型形の結晶の形にはなるらしい。私はスピリチュアル的な動きをする時は、パワーを入れた自然塩を使うんだ。御酒は使わないよ。御酒は場所の善し悪しを判断する時に使うけどね。塩は結晶だからパワーを入れるのが簡単なんだ。マイナスのな影響を受けた時は塩で身体を洗ったり、口を漱いだりするんだ。

 …少し話が逸れちゃったかな。そうそうliveでタナカさんに気を入れて、熱くて素敵なプレーをタナカさんにして貰うと、逆に私がパワーを貰うんだ。音楽って凄いよね。皆も、タナカさんやYoshikiからパワーを貰って下さい。ゲストのプレーヤーからも貰って下さい。今日はプレーヤーの調子が悪いと思ったら、拍手や掛け声でパワーを上げて下さい。きっとパワーが倍になって戻ってきますよ。でも、今月はliveがない。今月の分も次のliveでパワー全開で行きましよう。

  古風でも、贅沢に生きてみたい。
Date: 2008-04-10 (Thu)
 ベランダの蒲公英が咲き誇っている。蕾も沢山に付いているから、暫くは黄色の花を楽しめるだろう。この蒲公英はニッポンタンポポで、関東蒲公英なんだ。だから都会の西洋蒲公英とは違う。郊外に行けばまだ関東蒲公英が咲いてはいる。けど…、どんどん少なくなってきている。寂しい事だと思う。

 私は若い頃から和的なものが好きだった。最近はその傾向がどんどん強くなっている。…できる事なら、一年中着物とかの格好で過ごしたいと思うのだが、現代では生活する上で厳しいかな。雪駄で電車に乗って、足を踏まれたら本当に痛いんだよ。下駄だと相手が悲鳴を上げる事になる。去年の夏は坊主頭で和柄のTシャツにジーンズで雪駄を履いていた。作務衣はあまり好きじゃない。本当は薄地の着物に夏袴で過ごしたい。…だとしても、昔ながらの日本人の生活を取り戻そうとすれば我慢と忍耐が必要になるし、金銭的にも割高になる気がする。
 例えば朝食に潤目鰯とか干鱈で飯を喰いたいとしたら、金銭的に毎日は喰えなくなる。昔は安かったのに、今では高級品の部類だよね。賞味期限が近付いて安くなるのを待つしかないんだが…。でも、商品自体が少ないから、何時でも売場に有るとも限らない訳で、本当に昔の日本人的な暮らしは贅沢なんだと思うよ。
 でも、着々と昔らしい日本人に戻る計画は進行している。ネットオークションで安いものを手に入れている次第で、此れって癖になるんだよ。高価な骨董的なものは無理だから、古物的なものが多いけどね。番傘もオークションで安く手に入れている。着物に黒い蝙蝠傘じゃ様にならないしね。やっぱりパラ!パラ!という雨音がする傘の方がのが楽しいに決まっているよね。この番傘は岐阜で作っている現代の物だよ。作りも確りしていて奇麗だから、古くなくても手に入れられる。でも、値が張る。だから安いものを探す。意志を強くして探すと見付けられるものなんですね。
 生活の道具だから高価な骨董品でなくてもいい。古道具扱いで好いんだ。でも、ボロボロじゃ話にならない訳で、程度の良いものを探し出すのが面白いんだ。最近は煙管を入手したんだが、此れが掘り出し物だった。宮崎の古道具屋がネットに出品していたんだ。デジタルを使いこなしてアナログのものを求める面白さ。嵌まれば癖になるのは当然ですね。
 幼い頃に祖父が煙管を燻らしていたから、其の記憶を頼みに煙管を嗜もうと思っている。でも、難しいよね、煙管は煙草の味を堪能して吸うのとは少し違うんだ。煙草を味わいたいなら煙管は止めた方が利口だと思うよ。三服ぐらいで吸い終えて、次の煙草に火を着けるんだから忙(せわ)しないときている。其れを手早く粋に格好よく吸うのが煙管の醍醐味なんです。はい。どれだけ粋に煙管を扱うかが煙管の楽しみ方なんですね。着物を着るなら小道具も和物じゃないと…、そう思うが結構大変なんだよ。まぁ、自分らしく楽しめれば好いとは思う。基本は大切にしながら自己流の創意工夫で余計なものは省く、其れは経験しかない。着物も二十歳から着ているから、着こなしは既に出来上がっている。後は毎日のように着物を着て過ごせるかだよ。まぁ、無理せずに頑張ってみるしかない。此れは間違いなく贅沢なんだと思う。

  yosikiのliveでした。
Date: 2008-03-31 (Mon)
 yosikiのliveは毎月だから、私は楽しみなんだ。duoという醍醐味が堪らなく面白いからね。今回は諸事情で私は遅れて2.ndから顔を出して聴いた。今回のduo相手は以前にも弾いてくれたnarikawa(g)さんだから、雰囲気は理解している。私は楽器が苦手だからテクや音楽的な事はよく解らない。でも、私は彼のフラメンコというかタンゴというかそんな感じの音色を感じて好きなんだ。
 最後にyosikiの仲間のtomotomoが飛び入りで歌ってくれた。勿論、女性だからそれだけで嬉しい。声量もあるし声も好いし、表情も豊かだから文句はない。今度は彼女がduoの相手として唱って欲しいと願う。きっと歌ってくれるだろう。

 私が店に顔を出した時のお客様は三人の女性だけ。これは春の珍事だよね。珍事だから滅多に起きないのだろうとは想う。郷里の実家がジャズ喫茶を営んでいる泉沙子さんがカウンターに座っていた。彼女は生まれた時からジャズを聴いていたらしい。其れは私の娘も同じだった。だからジャズは当然で自然に聴ける。此れからも聴きにきて欲しいですね。年齢も私の娘と同じだから親近感を感じます。

 liveは好いよね。多くの人に聴いて貰いたいが、なかなか聴いて貰えないのが実情なんだ。だから寂しいよね。生音だから良いとは言い切れないけど、mood'y blueのliveは好いと想うんだ。うん、私の好きな演奏家だし、演奏家もmood'y blueを気に入ってくれているんだと想う。そんな気持ちが演奏に現れているから、聴く人も心地いいと想う。そんな心地よさを共有しましょう。

  時の過ぎ行くままに…。久しぶりの書き込みです。
Date: 2008-03-26 (Wed)
 何時しか時は過ぎ、年齢だけが積み重なる。昨年の9月から自由の利かない時期に入り、書き込むのも億劫で仕方なかった。体調も精神面も奈落の底に落ち込んでいた。痴呆症に近い状態の母親と一緒に暮らし始めた事も、精神的なストレスになってはいる。24時間の大凡が家事に追われ、店に出る時間も遅くなっている。現在は成増から離れたから、終電で帰る訳で、店に居れる時間は2時間もない。そんな生活が一年以上も続いている。でも、やっと精神的にも立ち直りの傾向が垣間見え始め、新たな自分の時間を作ろうと動き始めたんだ。

 新しいお客様は私の存在が理解できていないらしい。其れが少し気になる。私とオーナーは正反対なイメージが強いと、年齢も随分と離れている。現在の私は坊主頭だし強面な雰囲気がある。だからオーナーしか知らないと私に違和感を感じるに違いない。存在感が強いから怖く感じても致し方はないのだが、其れが私だから慣れてもらうしかない。話せば怖くはないとは想うけどね。此れからは出来る限り早く店には出たいと思う。だから、私が居たら怖がらずに話し掛けてみて下さい。

 本格的なバーなら、其のバーの色がある。其れも重たく感じるかも知れない。でも、其れがバーなんだ。そんな重たさを愉しめれば軽くなれる。私は「字で酒は飲むな」なんて言うよ。其の意味は感じて下さい。どう感じるかは其の人の心の問題だから、深い人は深く感じるし、浅い人は浅く感じる。でも、まずは飲んで感じてみて下さいね。常連さんには深く感じる人も多いし、オーナーもプロだから、耳がこんなになっちゃったみたいに大きくして、色々と聞いて、好みを言って、自分の好きな酒を沢山に作って下さい。

  今年の夏は着物で過ごすとしようかな。
Date: 2007-04-16 (Mon)
 本当に最近は日本人なんだという事を意識している。そんな次第で…、今年の夏は着物を着て過ごす機会を作りたいと強く感じていた。着物の着流しは見た目は涼しくて粋だよね。でも浴衣は持っているが夏物の着物は一枚も持っていない。だったらゲットするしかないし、普段着で着るんだから高級な代物は必要ないって訳で、オークションで古着を物色したんだ。安い物は500円から有るのだが、此れは着るのは一寸無理だよな!と思い。5000円以内で物色した結果、紺の絣の夏物の着物と鉄紺の縮の夏物の着物をまず最初にゲットしたんだ。でも、勿論何処かに訳ありって古着の着物だよ。
 紺の絣の着物はあまり着用していないが、白い糊ぽいものが付着していた。が、濡れた布で叩いて落とせたからOKだよ。鉄紺の縮の夏物の着物は袷の襟の部分に煙草の焼焦げが有った。が、上手い具合に襟合わせの下にくる部分だから隠れる。程度はそれなりに着古されていたが、普段着として着るには十分な状態だった。そして、最後に麻の新品の鉄紺ぽい着物をゲットできたんだ。でも、古い代物だからね、箪笥の奥にずっと眠っていたらしい。着物三枚で送料込みで13000円以内でゲットできた訳だが、安いと思うか高いと思うかは価値観で決まるだろうな。活用できなければ無駄遣いと同じ。
 着物は二十歳の頃から着ていたし着こなせる。だから問題はないだろう。問題が有るとしたら現代の社会的な状況に適合できるかできないかだろう。着物は浴衣もそうだけど着ていて暑いんだ。見た目は本当に涼しく見えるんだが暑いんだよ。私は汗かきだからさ、汗だくになるのは目に見えている。でも、着流し風に着物で過ごすって《粋》だと思う。本当は一年中着物で過ごすのが夢なんだ。でも、《粋》って大変なんだよね。それはスーツも同じさ。スーツの下に着るワイシャツは夏でも長袖が基本。スーツの着こなしもベーシシックなものは身に備わっているよ。そうです、お洒落をするのは本当に大変で我慢をする事なんだ。だから格好いいだ。

  明けまして、御目出度うございます!
Date: 2007-01-07 (Sun)
もう成人式ですね。お客様で成人を迎える人はいないと思うから、あまり関係ないけど、成人の方は御目出度うございます。
そして、遅ればせながら、新年明けまして御目出度うございます。

残念ながら今年も良い年にはならないよ。これからが正念場の十年になるからね。だからさ、気楽に行こうと思う。もう、流されても好い年齢だしね、この俺は…さ。軽くて軟弱な奴が流された最悪だけど、重さを持ち得た人間は気楽に流されても好いと思うんだ。Mood'y Blueの常連さんは俺という人間を理解はしていると思う。だから、俺のこんな台詞も「まぁ、好いか」って思うだろう。だから、こんな俺をエノケンが歌った《ダイナ》のメロディーの感覚で、甘えさせて頂戴な。

てな訳で、今年もBOSSを宜しくね。

  こりゃ凄いぜ! このコラボはさ!
Date: 2006-12-14 (Thu)
先週はタナカヒロヨシ(hp)さんのライヴだったんだが、ライヴが終えてから物凄いコラボが実現したんだ。大阪から歌姫のah-weが来ていて、タナカさんの演奏を聴きたいと突然の乱入。否、ah-weが来るのは解っていたから、突然の乱入とはいえない。だが歌姫が渋谷から店に来たのはライヴが終えた23時30分過ぎ。この時間は演奏が終えたプレーヤーは急がないと終電に乗り遅れるときている。さぁ、大変って訳で、のぼるちゃん(g)は慌ててギターをケースから出しセッティングをするわ。タナカさんはマイクを使わず生で演奏する構え。ah-weは期待感で眼が輝いている。何だ!何だ!この緊張感は俺にとったら堪らないぜ。それに背筋がゾクゾクしてくる。簡単な打ち合わせで演奏が始まる。選曲は『ジョージア』ときた。ah-weもマイクを使わず生で歌う。タナカさんの落ち着いていながらパワフルなハープの前奏が終え、歌姫が確かめるように静かに歌い出すこの瞬間に、最高の魂がゆっくりと熱く融合していく。これがタナカさんとah-weの初めての出会いときている。そして、必然の出会いだと思う。残っていたお客様は最高のコラボを体験できた訳で、俺に感謝でしょう。いいえ、店という素晴らしい空間と本物のプレーヤー達の魂に感謝ですね。

この二人のコラボが来年にこの店のライヴで実現する訳で、最高ですね。
その前にお客様にX'masプレゼントという訳で、来週のah-weのライヴにタナカさんが飛び入り出演します。乞う、御期待!! 今年の終わりの感動の一つとして、心に残るライヴになると思います。宜しくね。

  夏ですね。暑くても涼しくいきましょう。
Date: 2006-08-11 (Fri)
蝉も鳴き出し夏も真っ盛り。でも、まだ私の部屋でのクーラーは使用していない。だから汗をかく所為(せい)か、肌はすべすべでサラサラって感じ。シャワーを浴びる回数は自然と多くなるし、シャワーの温水も弾くほど弾力感のある張りのある肌なのです。ボディシャンプーなどもあまり使用せずに温水だけで丁寧に身体を洗い流すだけ。これで良いのです、私は…ね。

立秋が過ぎたから、出すお見舞いの葉書は暑中見舞いじゃなく残暑見舞いになる。でも、私はそんな葉書は誰にも書かない。年賀状も出さない億劫者だから当然なんだと思うしね。季節感やその時期に合った文章を認(したた)めて書くという気持ちがない訳じゃないんだ。書くとしたら本当に親しい友人や仲間に書きたいと思う。単なる儀礼の葉書は書きたくないんだ。そうです、ヘアーサロン等の形式だけの心といった感じの葉書は書きたくないのです。全てのヘアーサロンの葉書がそうだとはいいませんが…。葉書を出す行為で「心のある店でしょう」なんて思われたいという、そんな安易さを感じて嫌なのです。私は素直じゃないからそう感じてしまうのでしょうね。
一人に葉書を書くと全員に書かないといけなくなる。「何で私にはくれないの?」ってね。全員に書くとなると儀礼的な書き方をしないと書ききれない。友人といっても残念ながら自分の中で好きというランクの順位がある訳で、必然と儀礼的な書き方で終えてしまう相手もいる。魂の属性が一緒の仲間は言葉や文章はあまり要らない。心が通じ合うから。でも、魂の属性が一緒じゃない仲間もいる。魂の属性が一緒という事はソウルメートなんだ。男とか女とか関係なくソウメートはいる。そんな事を考えてしまうと最初から誰にも書かない方が良いと思う私がいる。てな訳で…、ソウルメートはいつでも心は繋がっている。だから、季節感やその時期の感覚は自分と身近な仲間だけで堪能したいと思うんだ。

今年もベランダには骨董の水瓶(みずがめ)に丹誠を込めた睡蓮の白い花が咲いている。涼しげな白い睡蓮の花は夏らしくて気持ちいい。来年は朝顔市で《団十郎》という海老茶色の朝顔が欲しいと思う。夏は江戸風鈴も好いよね。鉄製の南部風鈴も好いがやっぱガラスの江戸風鈴が夏らしい。それも《しのぶ》と《風鈴》が一緒の吊り物が最高でしょう。《しのぶ》が何なのかは調べてみて下さい。

夏といえば浴衣が好いよね。でも、素敵な着こなしをしている人は少ない。裾を見事に大きくはしょって自転車に乗る女性の場面に遭遇したけど、その格好は最低ですよね。パンツが丸見えじゃないの。それに浴衣の時はパンツははくなと言いたい。はいてなければ自転車にも乗ろうとは思わないものでしょう。勿論ですがブラジャーもしない。だから浴衣や着物をきて動く時に楚々とした奥床しさが出るんです。一重の浴衣は特に気を遣う訳で、洋服の時の動きをしたら厭らしくなるんだ。カチッと決めないとルーズになり乳房が隙間から垣間見える事になる。見えそうで見えないから堪らない色気に思える訳で、ルーズな感じだと単なるエロ気で厭らしく思えるんだ。ジーンズにTシャツの格好のへそ丸出しや、胸の谷間を露にしたり、尻の割れ目が見えそうな感覚は最低なんだ。それは色気でなく売女(ばいた)のエロさなんだよ。浴衣も同じ感覚できたら夜鷹(よたか)と同じさ。私はそんな女は好きじゃない。襟抜きも拳でなく指三本分。前襟もきちんと合わせる。帯の後ろの結びに差し込む美しい和団扇。間違っても《○△生命》とか《□○電気》なんて会社名のある団扇はやめて欲しいね。そんな着こなしの浴衣の女性がいれば、私は丁重に素敵な女性として持て成すよ。はい、偉そうにいう私の浴衣姿は男として最高ですよ。
数年前、私は彼女と浴衣で上野の公園を散歩中。一人の女性ガイドが駆け寄ってきて、『宜しければ写真を撮らしてもらえませんか?』という問い掛け。私が振り返ると外国人の観光客が数人並んでいる。彼女も浴衣の着こなしは決まっている。OKということで、私は浴衣も元通りに直した。そうしたら、外人が『NO!』と首を振る。ガイドが『最初のままで…』と言う。私は大袈裟に『Oh!』と両手を広げ、ウィンクして浴衣を最初の格好に戻したんだ。素早く浴衣の袖を折り捲ると、前側の裾をはしょって帯の横に差し込んだ。この格好はだらしなくも思えるが、浴衣の表柄と裏柄が違うと、捲った袖とはしょった裾の裏側の柄がバランスよく見え、これが江戸の男の《粋》に思えるんだ。流石にこの外国人は江戸の文化を知っていると感心したし、私はこうした着こなしを覚えていて善かったと思ったものさ。教えてくれた老舗の着物屋の女将さんに感謝です。こうして浴衣を着て昔の江戸の遊びの心を感じる。これも温故知新なんだろうと思う。

たまには浴衣でMood'y Blueの店に出ますかね。はい、でも、浴衣は涼しそうで暑いものです。でも、心意気で涼しくなる気もするかな。

  これで終わりです、サッカー辛口談義。
Date: 2006-06-23 (Fri)
試合が終わった。最低な試合だった。川口と玉田を除いて他の選手の頑張りは感じなかった。私の予想通りの結果。才能ある監督は選手起用も当たるが、駄目な監督は何してもお粗末としか言いようがない。高原の起用が裏目に出て交代の枠の一つを無駄にした。

スタメンは巻と玉田の2トップ。これは私がクロアチア戦で試したかったFW。巻は得点を取りたいという気の焦りでオフサイドばかり。ブラジル戦の前に途中交代でも途中起用でも良いから一度は使っていれば、もう少し落ち着いたプレーが出来ていたような気もする。まぁ、巻の交代は当然だった。でも、前半のロスタイムで同点弾を喰らった後の後半での選手交代を考えるならそれは俊輔だろう。私は今回で前監督のトルシエが俊輔を代表から外した理由を皆も理解してもらえる気がする。理由が分からない人がいるのなら、その人は人を見る目がないという事です。テクニックだけでサッカーをしてきて、単に通用してきてしまっただけの事です。スコットランドで通用したとしても、早い話がスコットランドのサッカーはJリーグに毛が生えたぐらいのランクかそれ以下のランクであって、俊輔が大活躍しても当然なんだという気がする。それに俊輔は筋力とかの体力面でプロ選手として劣っている。筋トレが身体を固くするとか言ってしないらしいんだ。テクニックに溺れていて体力等のトレーニングを疎かにしているのが俊輔の姿。W杯の期間中に風邪を引いたなんていうのもプロという自覚と認識が足りない証拠。そんな選手を外せないジッコも監督として落第だね。今回の試合も俊輔は接触プレーをせずに終始した、そんな動きでは話にならないでしょう。パスを出してもその場で動きを止めてしまうのは最低だよ。パス&ゴーの基本プレーをしていない。そんな選手を起用してもらいたくない。をそれに比べたら英寿は攻守で果敢にアタックをしていたね。でも、英寿は安易に飛び込みすぎるそんな場面も多かったかな。試合の状況とかその場に合った局面の臨機応変な動きが大切なんだ。時には飛び込まずにマークする対応も必要だからね。でも、勝負する姿勢が必要な戦いだったのだから、英寿の姿勢は悪くないとは思うが…。

日本代表は…、プレスを掛けるのが本当に下手なチームですね。プレスを掛ける相手選手との間を空け過ぎなんだよ。はい、中途半端なんです。もっと競り合えるか身体を密着させるぐらいに近付いて、相手に自由にさせないぐらいのプレスを掛けないと駄目なんだ。厭らしいくらいに相手の邪魔になるプレーを執拗に繰り返す。若しくは相手選手の玉際のプレーというか、パスされたボールをタッチする瞬間に接触するような飛び込みをする、そんなプレスが必要なんだ。相手にボールを触れさせたらその時点で負けに等しい、相手のブラジル選手はテクニックが上なんだからさ。早い話がファールを覚悟でガツガツ当たるプレーをするしかないんだ。それが上手いのがオーストラリアさ。日本がされて嫌だったように、日本がブラジルにしないと駄目なんだ。なのにJリーグと同じ動きをしている。これじゃ勝てる訳がない。あぁ、情けないの一言ですね。

プレスを掛ける事も大切だが、掛けたプレスを外されたらどうするのかまで考えてプレスを掛けないと話にならない。ジッコは選手の自主性を重んじる、選手達が話し合いこうしたいと言えば何も言わずに任せる。プレスが掛けられずに相手が攻勢に出てきたら守りの時間と決め、全員で守ろうとキャプテンの宮本は意思の統一を図る。その結果だらだらと下がる事になる。守るという観念が強くなるから得点をされないようにという緊張感で動きが鈍る。その結果、ボールの動きだけに反応して選手を見ないからフリーにしてゴールを決められる。攻撃の選手はいつも守備を意識して、守備の人間は攻撃を意識しないと駄目なんだ。常にそんな意識をしながら動き回ることが肝心なんです。FWが相手にボールをとられた瞬間にBKになるぐらいに守備をする。そんな認識が代表選手には足りない。そして、サッカーは全て局面での1対1の戦いの連続なんです。パスを出す時も貰う時も局面の戦いがあるんですよ。そして、サッカーは騙し合うスポーツなんです。それには緩急の差を付けて動き回るしかない。時には速く動き、時には遅くする。そんな意識を最初に植え付けるのが監督の仕事です。
選手が話し合ってこうしたいと自主的に言ったなら、その結果こんな事態も起きるという事を教えるのも監督です。選手のやりたい事をやれせるだけじゃ監督はいらない。どんなチームにしたいという監督の意図を説き教え、その上で選手に話し合わせないと駄目なんだ。選手が話し合って決めた事をさせてくれるから、ジッコは良い監督と思う選手は馬鹿だよ。話し合いって最高に思えるが結果を出していない人間が話し合っても答えは出せない。これが現在の日本代表の姿です。
次期日本代表の監督は誰なのか? 監督次第で日本は強くなれる。でも、現在の日本代表の選手の何人が残れるだろうか? 私が監督なら半数以上の選手が消えるだろう。私が監督なら英寿も俊輔も選ばない。三浦カズが代表を外れた時のように、監督と似たカリスマ性のある優秀な選手は邪魔なだけ。まぁ、英寿は監督になる逸材だから仕方ないけどね。選手に愛される鬼監督が最高です。私は涙の流せる鬼になりたいと願望しています。強さと優しさの両方を持つ監督が良いのです。

試合後にいつまでもピッチに横たわる英寿の姿は嫌だったなと思う。私ならサポにあんな姿勢は見せない。負けた瞬間に次の戦いが始まっているんだから。それに試合に出られずに敗戦を目の前で観ていた選手の方が悔しいんだよ。自分の結果を出す機会もない選手こそ悔しいんだ。起用された選手は試合に出て納得できない結果で終わらせた張本人なんだ。だから、敗戦という結果は出したんですよ。監督が選手を最大限に活用していれば違う結果も出せた筈だしね。英寿なら違う選手の起用で勝てたと思っているんだろうな。ブラジル戦はともかく勝てた試合は間違いなく有ったからね。でも、試合をしたのは選手だよ。ジッコが監督になって、トルシエが教えた事は無に帰したのかな。トルシエが監督だった頃のチームを支配していたあのピリピリした緊張感が、選手に良い影響を及ぼしていた気がするな。そして、あの緊張感をあの頃の選手が思い出して活用していたなら、もっと真剣に戦えた気がする。

  またまたサッカー談義
Date: 2006-06-22 (Thu)
もう直ぐにブラジル戦が始まる。クロアチアがオーストラリアに勝って、日本がブラジルに3点以上の得点差を付けて勝利する確率は、2.8%だとか。
ジッコは日本代表のスタメンを公表していない。FWに巻を起用するのか? それとも大黒なのか? スタメンを公表しない以上は、これまでのスタメンとは大きく違うという事なのか。…楽しみだね。皆の予想を覆すほどの事はしないとは思うけど。最初から高原が起用されるなら、もう期待は裏切られる気がする。巻と大黒を最初から起用してほしい。若しくはFWは巻の一人で十分だよ。小笠原の起用は前半だけ、前半で潰れるぐらいのハードな動きをしてもらいたいものです。後半から伸二の投入です。まぁ、私は伸二を最初から使うけどね。これまでの2戦で私が落第点をつける選手は柳沢と俊輔の2人。はっきり言って英寿と伸二と稲本は絶対に一緒に起用してほしいと願う。外人の厳しさを身でもって体験している選手だから。松井がいない以上、大黒も頑張ってもらいたい。
英寿や他の日本人選手のコメントは、持っているものを全て出し切ると言うそんな内容ばっか、何を言わんやというそんな気がする。これまでの2戦も同じじゃなかったの。口先だけじゃ困るんだよね。特にクロアチア戦は勝てた試合だった。ブラジル戦よりも勝ち点3を稼げた試合。勿論、選手の気持ちは今回のコメントと違わなかった筈でしょう。なのにあの体たらくな試合内容でした。暑いから体力の消耗が大きかった、そんなのはクロアチアの選手も同じ。全力で戦うという気力だけでも勝てないし、体力だけでも勝てない。両方のバランスが大切なんだ。どちらか一方が劣る瞬間に、もう一方の作用を強くする。体力を気力で補い、気力が弱くなれば体力で補う動きなんだ。限界を知っている人間は最後に入るターボのようなパワーの存在を理解している。そうしないと本当の困難を克服できない。頑張るという事は自分の持っているもの以上の事をする事。自分のものを100%出したんじゃ頑張るとはいえない。100%のものを出すのは当たり前なんだよ。頑張るという事は120%以上を出していえる事。日本人選手のコメントの持っているものを全て出し切るんじゃ頑張ったとはいえない。
私はきついことを言いますか? でも、これが真意なんです。自分の限界を知らないで頑張る事は不可能なんです。実力を出し切った上での限界を知った時にどうするのか、この時の自分の意志で前進する事を望むのか、それとも後退をするのか。まぁ、限界を知るまで動いた人は多くないだろうから、私のいう事は極論になるのかも知れない。でも、知っている人間は当たり前のように120%以上の頑張りをと言うのです。そして、そんな頑張りをした時にツキという運は転がり込むのです。そんな頑張りをした時に勝利の女神は微笑んでくれるのです。
頑張れ日本。さぁ、限界を知り、それを突き破る頑張りをすれば、勝利の女神が微笑んでくれる。こんなチャンスはめったにないのだから、頑張りましょう。柳沢も俊輔も頑張りましょう。では、ブラジル戦を楽しく観戦します。勝利する確率は0じゃない。頑張れ日本。

  前回に続いて、サッカー談義です。
Date: 2006-06-19 (Mon)
アァ、引き分けですか。…クロアチア戦。観終えたばかりの書き込みです。
試合前のシステムやオーダーで、私は小首を傾げていた。本当に融通の利かない頭の固い監督であるとしか評価ができないよね、ジッコはさ。自分の拘わりに束縛されて自由の利かない頑固者としか言いようがない。この監督にはデータとかチームの状況とかを把握しているんだろうか?と、疑問を感じる。そして、この結果。まぁ、こうなるのは読めてはいた。
私が監督なら俊輔と柳沢と福西はスタメンで起用はしない。俊輔を外すのは体調の悪さが最大の理由だし、怪我上がりの柳沢も貪欲に得点を決めるFWじゃない。高原も下がってプレーをするタイプで柳沢の動きとかち合うのも起用したくない理由だ。
じゃ私のチョイスするブラジル戦のスタメンはどうなるのか書きたい。システムは3−5−2で、GK.川口/DF.坪井.宮本.中沢/MF.加地.稲本.小笠原.三都主.中田/FW.巻.玉田がスタメンのメンバーで、このスタメンはクロアチア戦で起用してもらいたいと願っていたメンバーなんだ。そして、クロアチア戦でこのメンバーを起用したなら、後半の頭で小笠原に替えて小野を投入するだろう。小笠原を前半で起用するのは得点する能力が高く先制点を狙えるからだ。それと熱さ対策だよ。バテた選手は早めに交代しないとオーストラリア戦と同じように動きが急激に落ちてしまう。システムを3−5−2なのはこれまでのデータとして勝利の確率の高い陣容だからなんだ。システムは試合の中で状況に応じて臨機応変に変えるもので、早い話が試合が始まればあまり関係ないんだ。時には4−4−2になる事も必要なんだ。でも、基本的には3−5−2です。ジッコはブラジル戦も今回のスタメンと同じでやる気がする。今度の試合は夜だから気温は熱くないだろう。
これからブラジルとオーストラリアの試合が始まる。では観ます。

  W杯だから、サッカー談義とまいりましょうか。
Date: 2006-06-13 (Tue)
私は知る人は知るレッズサポである。それも杉山や森という日本サッカー界に名を残す選手のいた頃の三菱時代からの筋金入りのサポなんだ。昔の三菱は強かった。そして、現在のレッズも強くなってきている。最初から言っておきますが私は監督のジッコは好きじゃない。だから、批判的なことを言うと思いますので悪しからず。

私の予選の成績は一勝一敗一分だと思っていた。だから、一敗は計算済み。だとしてもオーストラリア戦は最低でも引き分けじゃないと計算が狂う。私は最初からクロアチアには勝利との読みで計算をしている。引き分けは勝つ事を意識して戦ってこそ引き分ける事ができるんであって、最初から引き分け狙いの戦いは負けに等しい。一勝一敗一分といっても三勝する意気込みじゃないと適わない数字なんだ。それは意識の問題だろう。テクニックは急に上手くはならない。が、モチベーションは違う。自分がどう意識するかがポインだよ。

ジッコは保守的で冒険を怖がる監督だろう。それはこれまでの戦い方で理解できる。トルシエを監督として良い評価しない人達も多いが、私は高い評価をしている。日本人にはスパルタ的な指導者の方が相応しいと私は思っている。体格の劣る日本人には最初にガツンと鍛えてこそ日本人としての特徴がでてくるんだ。精神面の強さは身体を酷使して覚えるものだからね。困難を克服してこそ自分の独創性に繋がるんだ。精神面の強さをなくして、話し合いだの自分の個性だのという意識はまず捨てないと何も始まらない。ガツンとどう鍛えるかの方法には違いは有るだろう。トルシエかオシムかギドか、私はレッズサポである以上はギドが大好きだよ。オシムも好きだけどね。オシムとギドは飴と鞭の使い方が上手だけど、トルシエは鞭使いの方が上手だった。でも、最初に世界のサッカーを教えるにはあの遣り方も間違ってはいない。そうしないと選手は世界のサッカーを実感できなかっただろう。口でどんなに言っても、理解する方に多少の甘さが有れば答えは甘くなる。だったら厳しく教え込むしかない。ジッコにはそれがない。ジッコはトルシエが残した財産で戦ってきたきただけの話で、チームとして何も作り上げてはいない。勝てたのはトルシエが鍛えた個々の選手の頑張りが有っただけで、監督の采配は???でしょう。そして、その時にその時なりに玉田や大黒という選手が調子がよく機能しただけで、チームとしての機能は果たしていない。これまでも結果オーライの運だけで勝ってきただけ。W杯はそんなに甘くない。それを実証したのがオーストラリア戦だった。ある意味でこうなる事は理解できた。でも、プレーするのは選手であって監督じゃない。選手の意識が大きくものをいうのも事実だよ。人間は意識して動いている。心が形になるんだ。

ジッコが冒険を好まない保守的な監督だと思うのは、選んだ選手で理解できる。今回のメンバーでは面白い爆発のできる若手がいない。若手は未熟さも出るがどんな大きな良い変化をするかという期待も大きい。巻の他にも松井や長谷部は絶対に欲しい選手だった。得点はFWがするというサッカーは日本的じゃない気がする。ゴンのようなエースストライカーが育ち難いからだ。だったら得点は誰でも良いというチーム作りがベストだろう。そして、得点をさせない守備力が肝心なんだ。それに比べたらジッコジャパンはBKの数が少ない。私ならFWを五人も選ぶよりも、BKの数の方を多く選ぶだろう。怪我したらどうするのという危機感を既に露呈している。守備も堅くて攻撃力もある闘莉王は絶対に欲しい選手だった。でも、代表候補にも選ばれていない。気性も荒く自己主張の強い選手はジッコは嫌いらしい。松井もそんな選手だしね。それにしてもスタメンの選手起用と、選手交代が本当に下手な監督でもある。

私ならFWはワントップの高原の一人にして、上がり目の中盤に伸二を起用する。得点は俊輔や伸二や英寿や福西に狙わせFWだけには頼らない。伸二や俊輔が上がり目の中盤でボールをキープする事で英寿や福西の上がりが期待できる。それと同時に伸二が入る事で俊輔や英寿が楽にプレーできるんだ。問題なのはやはりBKだろう。高さも強く相手選手も潰せる闘莉王はやはり欲しい。そして、選手全員の守備意識が欲しい。

レッズのギド監督は守備の弱いBKを補う為に攻撃力のあるBKを補強した。最初は一点取られれば二点取るという作戦だった。速攻とかの攻撃力は最初から強いというチームの魅力を最大限に発揮させる方法だった。攻撃こそ最大の防御という弱小チームの特権を利用した。それと同時に選手全員に守備という意識を完璧に植え付けた。そして、ワールドクラスのBKだったギドは、BKに守備を徹底させる事を教えるのに時間はあまりいらなかった。これが現在の強いレッズの姿だ。Jリーグのお荷物といわれた頃の姿はもうない。オシムは徹底的に選手を走らせた、走ることこそサッカーと言わんばかりに。タフでスタミナの落ちないスピード攻撃こそがジェフの最大の魅力にした。ジッコは何をしたのか?

オーストラリア戦は暑い気温の戦いだった。オーストラリアは高さと体格差を利用してもっとパワープレーでくると思った。が、パスを繋ぐパワープレーに徹した。そして、ラフ的なプレーで日本選手を痛めつけた。スタミナの消耗は日本選手の方が相手よりも大きかった。俊輔はスタミナがないのは誰もが理解した。FWの二枚を玉田と巻に替えるべきだった。でも、使えるカードは二枚しかない。坪井の怪我で一枚は使っていた。私なら伸二は俊輔と替え、怪我上がりの柳沢に替えて巻を投入する。スピードの豊かな巻をもっと早く投入していた。でも、ジッコは伸二と柳沢の交代をした。そして、BKの茂庭に替えて小黒を投入した。残り数分じゃどんな選手でも最大限の活躍はできない。なのに交代が遅いジッコ。本当に保守的で冒険が嫌いな監督だと思う。それに比べて相手の監督は全ての面でジッコより優れていた。
クロアチア戦は巻と玉田をスタメンで起用するだろう。現在の日本代表にはそれぐらいの手しかうてない。私なら巻と玉田をオーストラリア戦でスタメンで起用した。オーストラリアもクロアチアも一点の得点で逃げ切れる相手じゃない。どうしても追加点は欲しい。そうなれば後半開始で体格差のある戦いを知っている経験のある稲本を起用する。少し前のレッズじゃないが攻撃こそが最大の防御なんだ。そして、相手ボールになればFWも前線から果敢にアタックして守備に徹する。以前から思うのだが日本代表は弱い頃のレッズとよく似ている。失点とかの負け方がそっくりなんだ。守備を意識した選手交代は絶対に駄目なんだ。選手に守ろうという保守的な戦い方になる。伸二を守備固めで入れたなんて信じられない。それをしたジッコは???だよ。

ギドが次の日本代表監督にはならない。ギドはレッズが必要だし、ギドはレッズを愛している。レッズがJリーグを征した時にはギドの代表監督もあり得るだろう。ギドは試合内容が悪ければのハーフタイムに爆発する。でも、練習の時は選手と一緒に汗を流して走りプレーする。試合で得点した選手は一直線にギドに駆け寄り抱き着く。これが監督として理想の姿だろう。

予選リーグの残り二試合は勝つしかない。試合でプレーするのは監督じゃない。皆の意識が大切なんだ。英寿よ、野球のイチローになれ。自分が精一杯にやるだけじゃなく、皆を鼓舞し全員で燃えろ。ホットになれずにクールにはなれない。熱さを知らない奴は真のクールにはなれない。単なるクールさは冷酷さに通じる。身体の芯で燃えるホットさを仲間と一緒に燃やせ。何でお前等は燃えないんだという意識は捨てろ。笑顔でプレーできない時にこそ笑顔になれ。頑張れ、日本。

  梅雨か! あっ、ツバメが飛んでいる。
Date: 2006-06-08 (Thu)
何気なく窓の外を眺める朝。電線に一羽のツバメ。季節を感じる瞬間、もう梅雨かと感じる。真夏の俄雨や時雨とかは好きなんだが、梅雨の様な長雨は嫌いだな。気分はかなりのムーディブルーって感じですね。

ワールド杯ももう直ぐに開幕する。日本代表は予選リーグを突破できるのか? 俺はできると思う。その理由は…、はい、直感です。(笑い) オーストラリアはゴール前にロングボールを上げて、体を張ったパワープレーをしてくるだろう。そして、こぼれ球も狙う。身体的には間違いなく負けている日本代表選手だが、機敏に動いて相手選手に果敢にアタックするしかないだろう。そして、こぼれ球を拾い中盤の味方選手に素早くパスを出す。中盤での動きがスピーディーに機能すれば日本代表は得点できる。それは親善試合のドイツ戦で実証済みだしね。オーストラリアのバックスはそんなに強くない。機敏にプレーすればファルも貰える。だから、日本のチャンスは広がるよ。中盤での攻防戦が勝敗の大きな鍵になるだろう。こぼれ球を拾いサイド攻撃からの得点を狙いたい。先取点が大きくものを言う戦いになる。
クロアチアはカウンター攻撃が上手なチームに思える。日本代表が中盤をどう支配するかが大きなキーポイントだよね。中盤の動きで日本が負ければしんどい戦いになるだろう。ボールを巧みにキープされてゴール前の攻防戦になればとても怖い相手だろうしね。問題はクロアチアがカウンターを狙えるほどの余裕があるかないかだろう。先にパワー攻撃をかけて得点を狙うのなら、日本が有利になるという気がする。相手のパワー攻撃を凌いでカウンターを狙う時にこそ、日本のチャンスは広がる。クロアチアの監督は日本戦を勝ちにいくと断言している。クロアチアの初戦がブラジルだから、最大の勝ち点は奪えない。どうしても二戦目の日本からの勝利が欲しい。そんな心理がどう戦いに影響するか…。クロアチアの攻撃を凌いだ時に、日本のチャンスは大きく広がる。ワンタッチパスを繋ぐような速い攻撃の動きをすれば良いだけの話。先日の親善試合のマルタ戦の様な動きでは駄目だよ。まぁ、モチベーションが違うから、日本代表も果敢にスピーディーな攻撃をしてくれるだろう。走り負けないで動き回ることでパスを繋ぎ、スピーディーな攻撃を繰り返せば勝てる気がする。クロアチアもバックスに穴があるから、得点をする事は難しくない。
オーストラリア戦もクロアチア戦も、相手に楽なプレーをさせない事だよ。執拗に張り付いて動き負けないって事さ。日本が先取点を奪う事で試合は決まる。頑張れ、日本代表。
俺は小野伸二の起用法が勝敗を大きく別ける気がしてならない。伸二が入る事で他の選手(英寿や俊輔)が楽にプレーする気がする。中田英寿は態度で選手に喝を入れるタイプの選手なんだ。パス出しも態と早くしてもっと動けと催促する。自分のプレーにお前が併せろよというタイプの選手なんだ。伸二は全く逆のタイプなんだよね、味方の相手選手が動きやすいパスを出せるタイプんだ。受け手の選手の持ち味を出させる優しいパスが得意なのが伸二という選手です。はい、俺は日本代表が予選リーグを突破できると信じている。はい、直感です。悪い事をあまり想像しない俺の素直さです。(笑い)

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